

クラブとして5度目のJ1昇格、そしてその先の定着へ向け大きく舵を切った、横浜FC。
トップチームからアカデミーまでフィロソフィーを一貫し、「クラブのために戦える選手」を育てる取り組みが推進される中、その象徴として大きな期待を背負い、高卒でトップチーム昇格を果たしたのが、岩崎亮佑だ。
「小学3年生から横浜FCのエンブレムをつけて、西谷のグラウンドに通って、トップチームの選手たちの活躍を真横で見てきました。今度は自分が『こうなれるんだ』というのを見せる番」
憧れの舞台に立つことは、ゴールではない。
夢を追いかけていた少年は今、次の世代に夢を与える存在となるべく、新たなスタートラインに立っている。
"リンクマン"では終わらない

岩崎亮佑 MF 78
取材・文=北健一郎、青木ひかる

4月19日に行われた、明治安田百年構想リーグ EAST-Aの第11節。0-0で迎えた前半21分に、相手DFのハンドにより横浜FCにPKのチャンスが与えられる。
判定の笛が鳴り終わり、ゴール前に戻されたボールを手に取って堂々とキッカーに名乗りを上げたのは、最年少プレーヤーの岩崎だった。
2週間前に敗れたブラウブリッツ秋田との“リベンジマッチ”で訪れた、先制点のチャンス。
プレッシャーのかかる場面でも、岩崎に迷いはなかった。
深呼吸を一つすると、短い助走から右足を振り抜き、シュートをゴール右へ流し込んで、プロ初ゴールを決めてみせた。

「これまで公式戦でPKを外したことはないし、自信もあった。なので『ここは自分に蹴らせてほしい』と。迷いも緊張もなかったです」
固唾を飲んで見守っていたファン・サポーターとは対照的に、本人はあくまで冷静だった。
PKを蹴ろうとする他の選手にも、しっかりと自己主張をする勝気な性格は、サッカーを始めた4歳から今もずっと変わらないものがある。
「サッカーを始めたのは、3つ上のお兄ちゃんの影響でした。最初は公園でボールを蹴って一緒に遊ぶくらいだったんですけど、自分は身長が小さかったので、体格差もあってなかなか勝てなくて。悔しくて、もっと上手くなりたいと思ってやっていたら、いつの間にかのめり込んでいましたね」
やるからには、誰にも負けたくない──。
小学生になり、兄と同じ横浜すみれSCに加入した岩崎は、レベルアップを求めて複数のスクールにも通い始めた。
学校の同級生と遊ぶ時間よりも、ボールを蹴る時間を優先するようなサッカー漬けの日々を過ごす中、小学3年生で横浜FC強化カテゴリーのセレクションに合格し、さらにその技術を磨いていった。
「小学6年生まではずっとボランチで、横浜すみれSCでは10番でキャプテンでした。とにかく負けるのが嫌いで、練習試合でも悔しくて泣いていましたね。仲間にもめちゃくちゃ文句を言ってたので、たぶん嫌われてたんじゃないかな(笑)。でも、それくらい負けず嫌いでした」
小柄な体でも臆することなく自分を表現し、勝利への強いこだわりを見せる。そのエゴイスティックな姿勢は高く評価され、プロサッカー選手という目標の第一歩として、ジュニアユース昇格を勝ち取った。



高いサッカーIQとボールスキルを武器に、テンポよくボールを動かしながら攻撃を前進させていく岩崎は、チーム随一のチャンスメーカーとして、存在感を放っていた。
ただ、その一方で課題として挙げられていたのが、小柄なテクニシャンがぶつかりやすい、“うまい選手”で終わってしまう危うさだ。
シュートを打つ前に、綺麗に崩し切りたい。周囲を生かせる一方で、1対1では怖い存在になり切れない。そんな岩崎に対し、“ゴールへの貪欲さ”を求め続けたのが、小学6年生から合計6年間にわたって指導にあたった、現横浜FCユース監督の和田拓三だった。
「どうしても崩し切って決めたいとか、形にこだわりたいという思いがプレーに出てしまって。面談で『お前、ゴール嫌いか?』と言われたのは、今でもはっきり覚えています。そんなことはないと否定しましたけど、『そうは見えないぞ』と」
チームを勝たせる選手にならなければ、上のカテゴリーでは生き残れない——。
和田監督から繰り返し投げかけられた言葉を受け止め、ポジションもボランチからサイドハーフに移ったことで、得点への意識も徐々に強まっていった。
そして、ユースへ昇格した2023シーズンには、1年生ながら主力メンバーに定着。
高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグで7ゴールを記録し、チーム内得点王に輝いた。
「結局、打てる場面でも一つ持ちすぎてしまうとか、パスを選択してしまうのは、今でも自分の課題ではあります。ただ、和田さんにここまで口酸っぱく言われていなければ、トップに上がれていなかったかもしれない。今の自分があるのは、和田さんのおかげだと思います」

テクニックに加え得点力も身につけ、世代別日本代表にも招集されるなど、岩崎は着々と選手としての自信を深めていた。
だが、プロの世界で戦っていく上でもう一つ懸念されていたのが、「精神的な幼さ」。
岩崎をはじめ、前田勘太朗、秦樹らがそろう2007年世代を、愛情を込めて“悪ガキ集団”と呼ぶ和田監督は、当時をしみじみと振り返る。
「たしかに岩崎は、数字上ではチームで一番点を取れていました。だけど、それは上級生たちが、彼がのびのびとプレーできるように支えてくれていた部分も大きかった。上の代が抜けて、自分が“先輩”になった時にも同じように活躍できるのか。うまくいかない時に外へ矢印を向けるのではなく、自分自身と向き合えるのか。そこは、一度壁にぶつかるだろうなと思っていました」
その予感は的中し、2年生に進級した2024シーズンは、リーグ開幕戦でゴールを決めたものの、その後は不調に苦しんだ。
見かねた和田監督は、第5節で岩崎をベンチスタートに変更。
その直後には怪我による離脱も重なり、「昨年の倍、点を取る」と掲げていたシーズンで、挫折を味わうことになった。
幸いにも数試合でコンディションは戻り、コンスタントに得点は重ねたものの、6得点に留まり、目標には遠く及ばず。
クラブ史上初となるプレミアリーグEAST優勝を成し遂げたが、「まったく満足できない1年だった」と、唇を噛んだ。
さらに試練は続き、連覇への期待を背負った最終学年の2025シーズンは、またも怪我の影響で開幕に間に合わず。
エースの前田勘太朗もトップチームでの活動が優先される中、得点力不足に陥ったチームは下位に沈んだ。
「(前田)勘太朗と(秦)樹は先にプロ契約になっているのに、『なんで自分はうまくいかないのか』という気持ちは、正直ずっとありました。ただ、悔しがっているだけでは何も変わらないし、どんどん置いていかれてしまう。だから怪我が治ってからは、『誰よりもやった』と言い切れるくらい、全体練習前にひたすらシュート練習をして、自分に足りない部分を一つずつ潰していきました」
その積み重ねは確かな形となって表れ、復帰戦となった第13節・青森山田高校戦でゴールをマーク。
シックスポイントマッチとなった第19節・柏レイソルU-18戦では、3-0から2点を返される展開で、相手の反撃ムードを断ち切る4点目を決めた。
決して思い通りにはいかなかったかもしれない。
それでもプレミアリーグ残留を成し遂げられたのは、決して投げやりにならず、大一番で頼もしい活躍を見せてくれた岩崎たちのおかげだと、和田監督は感謝の思いを口にする。
「できることなら連覇をして、その先の全国制覇という景色を見せてあげたかったし、監督として申し訳ない気持ちもあります。ただ、苦しい中でもがいた経験はこの先にきっとつながっていくはず。こんなもんじゃないという姿を見せていってほしいです」

横浜FCアカデミーで過ごした10年間で、得た手応えと残った悔い。
そのすべてを糧に変え、生え抜き選手として育った自身の力を証明すべく、岩崎は並々ならぬ思いをもって、プロキャリアの第一歩を踏み出した。
プレシーズンでは、今シーズンから新たに就任した須藤大輔監督の下、ついていくのにやっとだったところから、徐々に順応。第4節・栃木SC戦ではデビュー戦とは思えぬ落ち着いたプレーを見せ、第9節以降は8試合連続で出場し、1ゴール1アシストを記録している。
ただ、岩崎にとっては試合に絡むことはあくまで最低ラインであり、PKでの初得点にも一切満足することはない。
「監督から言われたわけではないですけど、自分が試合に出れているのは、単純に実力が評価されているというよりも、期待感というか、未来のために経験を積ませるという意味合いが強いんだろうな、と。チャンスをもらえているのはありがたいですけど、やっぱり、勝つために力が必要だと送り出してもらえる選手にならないといけない」
ここまで出場した10試合でも、得意とするライン間でのボールの引き出しや、スペースに顔を出してボールを循環させる動き、足元の技術で相手のプレスをかわすなど、強みは随所に発揮できている。
ただ、ここからさらに評価を上げるために求められるのは、勝利に直結するプレー。
試合を重ねるごとに増えるミドルシュートからは、強い“ゴールへの餓え”が感じられる。
「このチームで結果を残して、海外でも通用する選手になって、日本代表として世界と戦う。それが、小3から育ててもらった横浜FCへの一番の恩返しだと思っています。今のアカデミー生にも、『やってやろう』と思ってもらえる存在になれるように。1日も無駄にすることなく、成長し続けていきたいです」
先輩たちから受け取ったパスをつなぐ“リンクマン”に留まらず、このクラブの可能性を切り拓くために。
のびしろだらけな若きアタッカーは、自らの殻を打ち破り、さらなる高みを目指していく。











岩崎亮佑/MF 神奈川県横浜市出身。2008年1月30日生まれ。174cm、68kg。
4歳でサッカーを始め、小学3年生で横浜FC強化カテゴリーのセレクションに合格し、ジュニアユース、ユースと順調に昇格。高いサッカーIQとスキルを武器に、狭い局面でもテンポよくボールを動かしながら攻撃を前進させるプレースタイルで評価を高めた。ユースでは1年時からプレミアリーグの主力に定着し、2023シーズンは7ゴールを記録してチーム内得点王を獲得した。2026シーズンよりトップチームへ昇格すると、第4節・栃木SC戦から出場機会をつかみ、第11節・ブラウブリッツ秋田戦でプロ初ゴールを記録した。アカデミーで培った技術と負けん気を武器に、“勝利に直結する選手”へと進化を続ける生え抜きアタッカーとして、さらなる活躍が期待される。