取材・文＝北健一郎、青木ひかる

 

ニッパツ横浜FCシーガルズ、背番号5、吉田凪沙。

 

徳島県で生まれ育ち、高校から大学、そして卒業後にINAC神戸レオネッサへ加入。

これまでの人生の多くを西日本で過ごしてきた。

 

そんな彼女は、2年前から横浜という故郷とは遠く離れた港町で、選手としてのキャリアを過ごしている。

 

「シーガルズは関東出身の選手が多すぎて、イントネーションで、たまにバトルが勃発しますね。それ、ちゃうよ？って」

 

 

素直で自然体のほどよい“ゆるさ”がピッチ外の彼女の最大の魅力。

ときおり自然に出てくる方言もそのパーソナリティをより引きたてる。

 

だが、ピッチに足を踏み入れると、凛とした“サッカー選手”としての表情を見せる。

円陣を組み、自分のポジションに立ったあと、そっと空を見上げる。

それが彼女のなかでの、試合開始の合図だ。

 

 

持ち味は、相手の一手先を読む危機管理能力の高さ。

オフザボールの時間帯もポジショニングの修正を行い、常に動き続ける姿が目立つ。

また、その動きを試合の終盤まで続けることのできる持久力も、彼女の強みの一つである。

 

 

 

地元、徳島でのキャリアスタート。

 

そんな吉田のプレースタイルの原点は、育成時代に遡る。

 

サッカーを始めたのは、小学1年生。

2歳上の兄の影響でボールを蹴り始め、小学5年生のタイミングで、母のある言葉につられて、女子チームであるリベルタ徳島FCに加入した。

 

 

 

 

“全国大会に行ったら、ディズニーランドに行けるよ”

 

 

母を信じ全国大会出場を果たすも、向かった会場は福島県のJヴィレッジスタジアム。

 

 

「土地勘とかもなかったんで、あっちは（東側は）東京や！行けるやろ！と思ってた」

 

 

中学時代には、リベルタでプレーを続ける一方で、兄の男子チームにも練習参加し、サッカーに捧げる日々を過ごす。

さらには、陸上大会に出場するために、週1で走る練習も行うという、非常にタフな生活を送っていたようだ。

 

 

一見、競技にのめりこんでいるように思えるが、意外にも進学の節目のタイミングでは、サッカーを続けるか否かを必ず悩んできたという。

 

 

ちなみに中学から高校に進学する際の理由は……。

 

 

「“普通のJK”になりたい！みたいな感じですかね（笑）。休みがなさすぎて」

 

 

ただ、将来有望な実力の芽が見過されるわけもなく、女子サッカーの強豪のひとつである日ノ本学園から声がかかる。

 

悩んだ末、徳島を離れ、“サッカーJK”として、高校生活をスタートすることを決意する。

 

 

 

兄との別れと約束

 

そんな吉田にとって、高校で過ごした3年間は、自身のサッカー人生において、大きな意味を持つものとなる。

 

 

「振り返ると、行って大正解と思えるんですけど、当時はやっぱりしんどいことも多かったですね。楽しいことだけではなかったです」

 

 

高校時代の吉田はアンカーを務め、攻守の両軸で、監督からの要求も多くなる立場を担っていた。

 

 

 

 

全国各地から集まるチームメイトとのポジション争いと、厳しい練習に明け暮れる日々。

 

 

そんな兵庫での生活を1年半過ごした高校2年の秋、兄が交通事故で急逝した。

 

 

受け入れがたい現実に苦しめられるなか、吉田を前に進めたのは、兄妹でともに続けたサッカーだった。

 

 

“インターハイと選手権で優勝”

 

 

それが、兄と交わした約束。

 

 

「それからですかね、ゲン担ぎじゃないけど、“力もらおう”って気持ちで、今でも試合の前に空を見るのがルーティーンになってます」

 

 

 

高校3年の夏と冬には、高校総体インターハイと全国高校女子サッカー選手権大会で、見事2冠を達成。

 

厳しい高校3年間を乗り越え、大学進学を経て、当時なでしこリーグ1部のINAC神戸レオネッサへの加入内定・なでしこリーガ―への道を勝ち取った。

 

 

 

 

“サッカー選手”として

 

2019年2月。

当時、なでしこリーグ1部のなかでも、所属選手にアマチュア契約の選手がいない、唯一の「プロチーム」だったINAC神戸レオネッサ。

 

シーズンはじめの入団会見には多くのメディアが集まった。

 

ついになでしこ1部の舞台に立てる―――。

その門出の場に臨んだ吉田だが、会見後にショッキングな出来事があった。

 

 

初めての挨拶を終え、ニュース番組を確認すると、自分が話し始めたタイミングで表示される、“美人すぎるMF、吉田凪沙選手”のテロップ。

 

 

今こそ「どんな形でも注目してもらえるだけでありがたいなと思います」と話すが、当時は「サッカー選手として評価されたい」と率直に感じたという。

 

 

代表選手も多く在籍するチームで思うように試合に絡めず、もどかしさはますます募った。

 

カップ戦では出番があったものの、リーグ戦での出場は在籍2年間で1試合にとどまった。

 

 

3年目を迎える吉田に、シーガルズからのラブコールが届いたのは、そんな折だった。

 

 

「試合にもっと出たい」

 

 

吉田は、慣れ親しんだ西日本の地から離れることを決めた。

 

 

 

 

 

横浜でのサッカー生活

 

加入当初、ほとんどが「はじめまして」のチームメイトだった。

だが、新しいチームに慣れるまではそう時間はかからなかった。

 

 

「聞いたらみんなが口を揃えると思うんですが、シーガルズは本当にみんな仲がいいんです。2、3人のグループができるとかもなく、みんな仲良し」

 

 

プレー面でも吉田はすぐにチームにフィットする。

 

移籍直後から、センターバックとして地位を確立し、2021シーズンは加入1年目ながらリーグ戦22試合のすべてで先発、途中交代なしのフルタイム出場を果たした。

 

 

 

今シーズンもここまで18試合を終え、全試合に先発出場を続けており、シーガルズの守備の要として必要不可欠な存在だ。

 

チームの指揮官である要田勇一監督からは、守備だけでなく攻撃を組み立てることを強く要求されているという。

 

 

「とくに、ここ2試合ではアンカーの位置に上がったので。自分から攻撃のスイッチも入れるし、守備も自分のところで潰すくらいの勢いで、ゲームの流れを作れるように意識しています」

 

 

 

また、オフザピッチの姿からも、選手としての変化が垣間見える。

 

 

移籍前までは、週3回は2部練習をこなし、サッカー漬けの毎日を送っていた吉田だが、以前までは午後練習だった時間が、シーガルズに来てからは「医療法人横浜未来ヘルスケアシステム」での勤務時間に置き換わっている。

 

 

日中の仕事は、INAC時代にはなかった負担はあるものの、楽しみながら業務をこなす。

 

また、限られたオフのなかで、さまざまなことに挑戦している。そのなかで特に時間を割いているのが、オリジナルのアパレルブランドの立ち上げと、YouTubeでのVlog更新だ。

 

 

 

とくにYouTubeでは、自分のオフの姿や、女子サッカー選手の日常や思いを動画内で発信。

 

少しでも自分を通じて、女子サッカーやシーガルズに興味を持ってくれる人を増やせるよう試行錯誤しながら、更新を続けている。

 

 

 

 

「自分から発信するのは苦手なんですが、自分が選手のうちにできることを、ちょっとでもやってみようと思って始めてみました」

 

 

横浜に来てからは、とくに1日1日が充実していると感じるという。

 

彼女がここまで仕事やSNSなど、競技以外の時間や活動を大切にできるようになったのは、試合に出場し、サッカー選手として、自信をつけられたことの現れとも言えるだろう。

 

 

 

 

スタンドを水色に

 

今シーズン、ニッパツ横浜FCシーガルズは、「来場者数1,000人」を目標に、クラブとしてもさまざまな広報活動を行っている。

 

男子チームとも手を取り合い、開幕前にはシーズンはじめの撮影会を一緒に行った。

 

また、横浜FCの試合のハーフタイムで、シーガルズの選手がピッチを周回しながら試合告知を行い、女子の試合に足を運んでもらえるよう、サポーターへのアピールを強化している。

 

 

先日9月4日には、クラブのオフィシャルパートナーであり、医療法人横浜未来ヘルスケアシステムが主催する「ピンクリボンマッチ」が行われた。

 

 

 

当日は、吉田の勤務先である健診センターのスタッフが試合運営に携わり、ほかの同僚も吉田の応援に駆けつけた。次の出勤日には「面白かった」「また行きたい！」と声をかけてくれたそうだ。

 

 

このピンクリボンマッチは、毎年盛り上がるシーガルズのイベントマッチの一つ。

さらに戸塚区民を無料で試合に招待する“戸塚区民デー”も同時に実施され、観客動員数は810人。

 

 

「この日の動員数は……」と、吉田の口から具体的な数字がすっと出てくることからも、いかに彼女にとって、この試合が思い入れの強い試合であったかがうかがえる。

 

 

 

「なかなか女子の試合を観に行こうとはならないのかな、とも思うんですけど、SNSとかでも、友達を連れて行ったらハマってくれた！というコメントも見かけるし、まずは1回……。1回だけでも観にきてもらえるきっかけをつくる。というのが大事だなと感じています」

 

 

今シーズンも、リーグ戦は残りあと数節。

10月10日にニッパツ横浜ＦＣシーガルズはホーム最終節を迎える。

 

 

いつかニッパツ三ツ沢球技場のスタンド一帯が、水色に染まるなかでプレーできる日を迎えるために。

 

 

吉田凪沙は今日も空を見上げ、シーガルズのユニフォームを纏い、ピッチで躍動する。

 

 

 

 

 

最後に、吉田選手から応援してくれるファン・サポーターの皆様へ。

 

「いつも応援ありがとうございます。今シーズン横浜FCは調子が良く、昇格も狙える位置にいるなかで、シーガルズもそれに続いて優勝を狙っていきたかったのですが、現状難しい立ち位置です。残り6試合ですが、一戦一戦を大事にして戦っていきたいと思っています。ひきつづき応援よろしくお願いします！」

 

 

 

プロフィール

吉田凪沙（よしだ なぎさ）

徳島県徳島市出身。1996年10月26日生まれ。小学生からサッカーを始め、5年生で女子チームのリベルタ徳島FCに加入。中学卒業後、女子サッカーの強豪である兵庫県の日ノ本学園高校に進学し、3年時にはインターハイと全日本選手権の2年連続2冠を果たした。吉備国際大学を経て、2019年にINAC神戸レオネッサに入団。2021年より、ニッパツ横浜FCシーガルズでプレーする。ボランチ、センターバックを主戦場とし、守備の要となるとともに、攻撃の組み立ても担う。

 

 

試合情報

10月10日（月･祝）13:00KICKOFF

２０２２プレナスなでしこリーグ１部

vs. 朝日インテック・ラブリッジ名古屋

＠ニッパツ三ツ沢球技場

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