

遠いフランスの地でプロとして歩み始めてから19年。
J1の舞台を渡り歩く中で、伊藤翔は常に自分に対しても、そしてチームに対しても厳しく向き合ってきた。
横浜FCに加入した2021シーズン以降も、その姿勢は変わらず。
J1とJ2を行き来する中でも、これまで培ってきた「高い基準」を示し続けてきた。
「未来のことは、どうなるかわからない。ただ伝えてきたことが、少しでも意味のあるものになったらうれしい」
一つの区切りを迎える今。自身が大切にしてきた“プロの流儀”、そして4年半過ごしてきたクラブへの思いを語る。
"ずっと伝え続けた、プロの流儀"

伊藤翔 FW 15
取材・文=北健一郎、青木ひかる

らしさあふれる、一発だった。
8月16日に行われた、第26節のヴィッセル神戸戦。0-0で迎えた90+4分、昨シーズンのリーグ王者から勝利をもぎ取る決勝点を決めたのは、今年37歳を迎えたチーム最年長FWの伊藤翔だった。
70分に途中交代でピッチに立ち、神戸の猛攻に耐える時間が続く中で、放ったシュートはわずか1本。GKが伸ばした足の上をスレスレで追い越す技ありゴールは、公式戦の連敗を6で止める“救いの1点”となった。
あらためて、毎年のように劇的ゴールを決め、19年間現役を続けられている理由について問うと、伊藤は「なんだろうね」と笑いながらも、自身の考えを語る。
「いろいろあるけど、一番はどんな選手になりたいか、もっと広くいうと、どういう生き方をしていきたいかを自分で決めて、どこまで突き詰められるか。それを貫くために、対応できる体と、何が必要かを考えられる頭とメンタルを、どこまでつくりこめるかじゃないですか」 なかでも、プレッシャーのかかる試合でもっている100パーセントの力を発揮するには、「メンタルがかなり重要」だと言うが、一方で「どれかだけを頑張っていてもダメ」だとも強調する。
「人間誰しも、初めてのことや不慣れなことは、不安もあるし緊張もする。だからそれを少しでもなくすには、たくさん試合に出て、いろんな失敗や成功を味わうことが必要になる。
試合に出るためには練習して技術や頭を磨かなきゃいけないし、強度の高いトレーニングを毎日するには、体づくりとかケアも大事。俊さん(中村俊輔コーチ)も『“心技体”はつながっている』と言うけど、本当にその通りだと思う」 その積み重ねこそが、ピッチで結果を残し続ける、ベテランの“流儀”だ。

「でも俺自身、心も技も体も整って、ちゃんと“プロサッカー選手”になれたなと感じるのは、横浜F・マリノスに加入して、26歳くらいになってからかな。18、19歳の頃を振り返るといかにちゃんとしていなかったかがわかる」
当時高校サッカーの強豪・中京大付属中京高校のエースとして注目され、18歳でフランス2部・グルノーブルフット38に加入を叶えたことで、過信や慢心のようなものが生まれてしまったのか。
予想に対し、伊藤は首を横に振る。
「プロの舞台に立つ上では、“やべえな”としか思ってなかったし、天狗になるようなことはなかったよ。ただフランスに行ってからは、とにかく試合に出て、結果を残さなきゃって考えばかりになって……。練習前に『これをやったほうがいいよ』と言われているのにすっ飛ばすとか、フィジカルで負けないように筋トレは頑張るけど、ケアはしないとか。とにかく、足りないことだらけでしたね」
結果、筋肉系の怪我に長く悩まされ、プロ1年目から望んでいた成果を残せなかったことは、これまでのキャリアの中で悔やまれる出来事の一つだ。
しかし、2010年に加入した清水エスパルスで過ごした3年半は、「大きな転機になった」という。
「当時の清水には、日本代表を経験した選手がたくさんいて、いろんな話をしてくれました。ただ自分が上の年齢になって思うのは、結局『このままじゃダメだ』と自分で気づくことができないと、意味がないってこと。俺は日本に戻ってきて22歳でようやく目が覚めて、ちょっと遅いなと思ったけど……。ずっと気づけない選手もいるから」
清水エスパルス、横浜F・マリノス、そして鹿島アントラーズとJ1チームをわたり歩く中で、“伸びる選手”を見分ける嗅覚は、かなり鋭くなったという。
「自分に足りないものを分かった上で、それでもスタメンを奪い取ってやろうって、生意気なくらい気概のある選手は、マリノスだったらマリノス、鹿島だったら鹿島で戦える選手になる。さらにそういう若手がいると、周りも触発されて、どんどん総合力が上がっていく。そういうチームが、“勝てるチーム”なんだろうなと思います」

経験豊富な中堅やベテランと、野心にあふれる若手選手が共存し、高い競争の中で切磋琢磨しあう。
そんな環境に身を置いてきたからこそ、2021シーズンに横浜FCに加入した際の“ギャップ”は、かなり大きかったと振り返る。
「『ここから這い上がってやる』みたいな、またこれまでのチームとは違ったギラギラ感があるかと思いきや、みんな不安そうというか……。これは、一筋縄ではいかないぞ、と」
発展途上のクラブであることは理解していたものの、押し寄せたのは「このままではJ1で戦うことはできない」という強い危機感だった。
「やればできる能力はあるはずなのに、その力を出せていないことに対して強く求めたり、甘えを指摘する声もすごく少なかった。そこに対して、俺もアクションは起こすけど、一人、二人が言うだけでは、なかなかチーム全体の雰囲気や基準は変わらない。そこのジレンマはめちゃくちゃあった」
そこからJ2降格とJ1昇格を繰り返しクラブとしても成長を遂げていく中で、少しずつチームを取り巻く環境や空気感は、変わりつつある。
しかし、結果として今シーズンJ1残留を逃したという現実については、「力が足りなかった証拠」だとキッパリと言い切る。
「フミさん(三浦文丈監督)が夏に就任して、やることをかなり限定してはっきりさせたことは、いい転機になったと思う。だけど、どれだけ戦い方が整理されても、5mのパスをミスしていたら、勝てる試合も勝てない。もっと俺自身もやれることもあったのかなと思うけど……。今シーズンに関しては、“もったいない”の一言に尽きますね」
その上で、伊藤は先ほどと同じ話を繰り返す。
「ここで、ただ『悔しい』で終わらず、選手一人ひとりが足りなかったことに自分で気づいて、『変わらなきゃ』という意識になれるか。そういう選手が1人から5人、5人から10人と増えていけば、自ずと“強い横浜FC”になれるんじゃないかなと思います」

2025シーズンが終わり、伊藤は横浜FCを去る。
2年前のロングインタビューでも語っていたように、32歳で鹿島から移籍した際、一度は現役引退を考えたこともあった。それでもプレーを続ける“理由”を見出せたのは、「クラブ史上初のJ1残留」という大きな目標があったからだと、感謝の思いを口にする。
「続けると決めたあとも、35歳を過ぎたら“ボーナスステージ”ってマインドで、いつ辞めることになっても後悔のないようにやろうと思っていました。でも、個人としての目標を立てるのが難しい年齢になってきた中で、横浜FCでプレーできたことはすごくやりがいがあった。できることなら、J1に残留して、その先の景色をチームの一員として見たかった」
ただ、過ぎた時間を悔やむつもりはない。その表情は清々しく、すでに視線は前を向いている。
「そうは言っても明日はやってくるから、チームも自分自身も進んでいかなきゃいけない。次のことはまだ全然決まっていません。ワクワクするオファーがあれば選手として続けたいし、サッカー以外にもおもしろそうなことがあれば、そっちに進むのもありかも。ただ、家族のこともあるから……悩める子羊状態ですよ(笑)」
静かに笑ったあと、共に戦ってきたチームメイトへ、こんなメッセージを送る。
「プロの定義っていろいろあると思うけど、人より優れたものを発揮するのが“プロ”だと思うし、一つのプレーでファン・サポーターの心を動かしたり、『明日頑張ろう』って思ってもらえるような仕事をするのが、“プロサッカー選手”なんじゃないかな、と。
いくつになっても、サッカーはちゃんとやればやるだけ、できることが増えてうまくなる。だから、どんどん突き詰めていってほしい」
そして、4年半の月日を過ごしてきた横浜FCに向けても、言葉を重ねた。
「『このクラブはポテンシャルがある』と言い続けてきたけど、それは生かさないと意味がない。前進しているのは間違いないし、壁を乗り越えるまであと少しのところにはきているはず。少し離れた場所になりますけど、応援しています」
数々のゴールと共に、ベテランFWが示し続けた“プロの流儀”。
その姿勢と思いは、この先の横浜FCの未来へと受け継がれていくはずだ。


















伊藤翔/FW 愛知県春日井市出身。1988年7月24日生まれ。184cm、76kg。
5歳でサッカーを始め、中学2年生でFC FERVOR愛知に加入。2003年にはU-15日本代表に初招集された。中学卒業後は中京大付属中京高校に進学し、高校2年生と3年生で全国高校サッカー選手権に出場。3年生の春にプレミアリーグのアーセナルに練習参加し大きな話題を呼ぶと、高卒ルーキーながら当時フランス2部のグルノーブルフット38への加入を勝ち取り、4年間在籍した。海外挑戦に区切りをつけ、2010年に清水エスパルスでJ1デビューを飾ると、2014年に横浜F・マリノス、2019年に鹿島アントラーズの3クラブを経て、2021年に横浜FCに加入した。同年8月に松本山雅FCに期限付き移籍するも、2022シーズンに横浜FCに復帰。加入5年目の2025シーズンは、リーグ戦16試合に出場し1得点を決めた。周りの良さを生かしたチャンスメイクに長け、ここぞの試合では技ありゴールでチームを勝利に導く。