横浜FC

取材・文=北健一郎、渡邉知晃

 

 

ダイナミックなセービングで、横浜FCのピンチを何度も救ってきた。

 

「1年でのJ1復帰」という目標を達成できたのは、この男の活躍があったからだった。

 

脳震盪で病院に搬送された時は、全ての横浜FCのファン・サポーターが無事を祈った。

 

スベンド ブローダーセン。

 

常に前向きな姿勢でチームを鼓舞し、最後まで諦めずに戦う。

 

この男がゴールを守っていれば、J1であろうと恐れることはない。

 

 

 

帰ってきたブローダーセン

 

 

みんなが、待っていた。

 

横浜FCの守護神が帰ってくるのを。

 

 

 

9月24日に行われた、第38節のV・ファーレン長崎戦。

 

GK スベンド ブローダーセンは前半のアディショナルタイムに、相手選手と頭を激しくぶつけた。

 

ピッチに倒れ込んだまま動けず、救急車で緊急搬送される事態に。

 

 

横浜FCの選手たちは担架に乗せられた姿が見えないように壁をつくり、励ましの声をかけ続けた。

 

 

診断結果は「脳震盪」だった。

 

 

最悪の事態は免れたものの、佳境を迎えるリーグ終盤戦での復帰は難しいかと思われていた。

 

 

 

 

 

だが、J1昇格がかかった第41節のホーム・ツエーゲン金沢戦。

 

スターティングメンバーにはブローダーセンの名前はあった。

 

 

コロナ禍、ホームで初めての声出し応援となったこの日、横浜FCのファン、サポーターも大きな拍手と、ニッパツミツ沢球技場に鳴り響く「ブローダーセン」コールで迎えた。

 

 

「何度も私の名前を呼んでくれて、自分の家に帰ってこられたという感覚になりました。今思い出しても胸が熱くなります」

 

 

 

 

 

試合前に他会場の結果によってJ1昇格が決まり、ブローダーセンの復帰とともに、ファンにとってはうれしい1日となった。

 

 

 

 

ブローダーセンには、忘れられない試合があるという。

 

7月17日にホームで行われた、第27節のジェフユナイテッド千葉戦だ。

 

実は、この日、ドイツから家族が来日してスタジアムに訪れていた。

 

先発フル出場を果たし、4−0というスコアで大勝するだけではなく、自身も無失点に抑える活躍を見せた。

 

ただ、強く印象に残っているのは、この試合に勝ったからでも、パフォーマンスがよかったからでもなかった。

 

 

「試合後に母から聞かされたのですが……多くのファンやサポーターの方が私の家族に対して声をかけてくれて、たくさんのプレゼントをいただいたんです。その話をした時、母は涙ぐんでいました」

 

 

 

子どもの頃から日本のアニメやマンガが大好きだった。

 

いつか、あの国に行ってみたいと願っていた。

 

その場所でJ1昇格という目標を叶え、多くの人から愛される存在になった。

 

 

 

 

「日本に来る前よりも、日本のことが大好きになりました」

 

 

 

 

GKグループ全員で守っている

 

ゴールキーパーは孤独だ。

 

チームで1人しかピッチに立つことができない特殊なポジションであり、チームの勝敗を左右する大切なポジションでもある。

 

例えば、フィールドプレーヤーが10本シュートを外しても1本決めればヒーローになれるのに対し、ゴールキーパーは10本好セーブを見せても1本ミスをしただけで失点につながってしまう。

 

 

「チームとして守ることも必要ですし、最後は自分が止めなければいけないという責任感を持つことも大事です」

 

 

もう一つ、ゴールキーパーにとって必要なものがある。

 

 

「自分が持っているものを必要な時にしっかりと発揮するためにも、やはりメンタルというのはすごく大事だと思います」

 

 

一つのミスが即失点につながってしまうため、試合中には相当なプレッシャーがかかる。

 

その中で自分の持っている技術、良いパフォーマンスを出さないといけないため、メンタルの影響は大きい。

 

 

今季のブローダーセンの活躍を支えたのは、「GKグループ」の存在だという。

 

 

横浜FCにも、経験豊富なベテランの六反勇治、才能溢れる若き市川暉記と、ブローダーセンの他にもレベルの高いゴールキーパーが揃っている。

 

 

この3人に、GKコーチ陣を加えたGKグループは、シーズンを通して切磋琢磨してきた。

 

 

「2人からも学ぶことが多いですし、お互いの良い面を取り入れるなど、GKグループとしてすごく良い関係ができています」

 

 

日々の練習の中から高め合い、レギュラーを争うライバルでありながらもお互いを支え合っている。

 

今季はゴールキーパー3人は全員が先発として出場する試合があり、横浜FCのゴールマウスを、まさに「グループ」として守ってきた。

 

 

「試合に出場しているキーパーのパフォーマンスが良いということは、GKグループとしてすごく良いチームが出来ているということ。そういう目で見てくれると、とてもうれしいです」

 

 

 

中村俊輔からの言葉

 

J1昇格への道のりは平坦ではなかった。対戦相手にスカウティングされ、自分たちのサッカーを表現できず、勝点を伸ばせずに苦しんだ。

 

9月14日、リーグ戦も大詰めを迎えた第36節のモンテディオ山形戦。0-2で完敗を喫し、チームの雰囲気が沈みかけている時だった。

 

ある選手が口を開いた。

 

 

「ヨーロッパでは、負けが続いているとサポーターからのプレッシャーがとても強く、ものすごい重圧がかかる。でも、うちのサポーターはすごくポジティブで、良い力を与えてくれる。そういった中でプレーできている喜びを感じよう」

 

 

言葉の主は、ブローダーセンが日本に来る前から華麗なテクニックに魅了されていた日本サッカー界のレジェンドだった。25番、中村俊輔である。

 

 

その後の試合で横浜FCは3連勝を果たす。

 

 

「自分にとってもチームにとっても大きな言葉だったと思いますし、いつか自分がそういう立場になったときには、チームのために話ができるような選手になりたいと思いました」

 

 

 

 

どんな時も自分に言い聞かせていることがある。

 

 

「常に前向きでいろ」

 

 

世界最高峰のGKの一人で、ブローダーセンのアイドルだった元ドイツ代表“闘将”オリバーカーンの言葉である。

 

小さい頃に持っていたiPodには、この言葉が刻まれていた。

 

 

「常に前向きに何かに挑戦する、やり続けるということが一番大事だと思っていますし、それを自分のモットーとしています」

 

 

 

 

 

GKとして、サッカー選手として

 

来日から1年半。

 

チームメートやスタッフによれば、日常会話であれば通訳を挟まずに日本語でやりとりできるレベルになっている。

 

 

それでも、本人の上達意欲は衰えない。

 

 

「日本語で書かれたスラムダンクの漫画を買ったので、それを読み終えたらもっと日本語がうまくなっているんじゃないかなと思います(笑)」

 

 

 

 

好きな日本食は「うなぎ」。

 

炭火でパリッと焼かれた香ばしさ、ふっくらとした身の柔らかさの虜になったという。

 

 

「今はしらすにもハマっています。日本食はどれも美味しいし、奥が深いので飽きないんです」

 

 

 

 

2022年の8月には弟のレオナルド ブローダーセンが水戸ホーリーホックに加入。

兄弟でJリーガーとなった。

 

 

「Jリーグの中で兄弟がプレーできるのは本当に幸せなことです。もっと試合に出場して日本でも評価される選手になってほしいです」

 

 

 

 

来シーズンは再びJ1で戦う。

 

 

「J1に昇格したことが夢への第一歩です」

 

 

サッカー選手として、ゴールキーパーとして、叶えたい夢がある。

 

 

 

ゴールキーパーを目指す子どもたちの目標になること。

 

スタジアムに足を運んでくれた人たちに「幸せな時間」を提供すること。

 

 

 

そのために、まだまだ自分を成長させる必要があると感じている。

 

 

 

「現状に満足せずに、もっともっと良いゴールキーパーになりたい。それが横浜FCにとってもプラスになるはずですから」

 

 

俺たちのブロちゃんは、まだまだ歩みを止めるつもりはない。

 

 

 

 

PROFILE

スベンド ブローダーセン(SVEND BRODERSEN)/ GK

ドイツ出身。1997年3月22日生まれ。188cm/89kg。2021シーズン夏のウィンドーでドイツのFCザンクトパウリより完全移籍加入。ニックネームは「ブロ」。プロフィールページはこちら