取材・文=北健一郎、渡邉知晃
心臓の病気で一度はサッカーを諦めかけた。
レンガ職人として汗を流してお金を稼いだ。
でも、サッカーを忘れることはできなかった。
心臓の手術を乗り越え、もう一度ピッチに戻ってきた。
頭の左上前に施された“金のハート”はその証だ。
「心臓に問題を抱えている子どもたちに夢を与えられるような、勇気を与えられるような存在になりたい」
サウロミネイロは貪欲にゴールを目指す。
心臓が動くことに、サッカーができることに感謝しながら。
”奇跡の心臓”を
持つ男
サウロミネイロ FW 13
屈強な肉体の13番が走り出す。スタジアムには期待感が充満する。
サウロ ホドリゲス ダ シウヴァ――。
1997年6月17日、ブラジルのミナスジェライス州のウベルランディアという町に3兄弟の末っ子として生まれた。
「自分が生まれ育った州がミナスジェライス州で、そこで生まれた人のことをミネイロと言うんです」
サウロがサッカーを始めたのは、現在29歳になる2番目のお兄さんの影響だった。
「兄のサッカーの練習についていって、最初はグラウンドの外で見ていたら、自分もやりたくなって。それがきっかけです」
小さい頃からプレースタイルはほとんど変わっていないという。爆発的なスピードとパワーを武器にするストライカーは頭角を表していく。
「自分にとってはゴールを決めることが一番楽しかったんです。それはプロになった今でも変わっていません」
兄弟2人の夢は、プロサッカー選手になることだった。
「僕が夢を叶えられているということで、兄もすごく喜んでくれていますし、家族も応援してくれています」
貧富の差が大きいブラジルでは家族を支えるために、自分や家族がより良い生活をするためにプロサッカー選手を目指すことが多い。
「サッカーをやっているモチベーションに『家族』はもちろんあります。私の両親は多くのものを持っているわけではありませんでしたが、普通の生活ができたことに心から感謝しています。今度は私が家族を助けてあげる番だと思っています」
サウロの人生に大きな試練が訪れたのは14歳の時だった。
心臓病――。
人間の生命活動において最も需要な箇所である心臓に問題があることが、医師の診断により発覚したのだ。
「自分の心臓に問題があるなんて夢にも思ってもいませんでした。目の前が真っ白になりました」
スピードとパワーを併せ持つ、屈強な肉体を武器に、たくさんのゴールを決めてきた。
プロ選手への道もはっきりと見えていた。だが、全てが不透明になった。
「すごくショックでした。心臓に問題があるということで、17歳になってからは受け入れてもらえるクラブが見つかりませんでした」
サッカーができる場所を失ったサウロは、父の仕事を手伝うようになった。レンガ職人として汗を流した日々をサウロは笑いながら振り返る。
「サッカーで鍛えたフィジカルは役立ちました。だいぶ親方(父親)の助けになったんじゃないかと(笑)」
このままスパイクを脱ぐことも考えた。ただ、サウロは1年半のブランクを経て、再びサッカーの世界へ戻る決断をする。
「心臓の問題が解決したわけではありませんでした。ただ、どうしても諦めきれなかったんです。リスクがあったとしても挑戦したかった」
救いの手を差し伸べたのはセアラーSCだった。
心臓の手術にかかる費用を負担してくれることになったのだ。
1回目が6時間、2回目が7時間、3回目が8時間と大掛かりな手術は無事に成功。
サウロはおよそ10年ぶりに不安のない状態でピッチに立てるようになった。
「莫大なお金がかかるオペ治療でしたし、セアラーSCが助けてくれなければ、今こうやってサッカーができていなかったかもしれません」
心臓の手術を経てピッチに戻ってきたサウロはブラジル国内リーグでゴールを量産する。
地元メディアでは”奇跡の心臓”とも言われた。
「また前のようにサッカーができるのかどうか、すごく心配でした。命を吹き返してもらえたことに感謝してサッカーをしています」
サウロのトレードマークである、頭のハートマーク。遠くから見ても目立つユニークな髪型は、困難を乗り越えた証でもある。
「オペをした後からこのヘアスタイルにしました」
当初はハート型に縁取ってカットしただけだったが、日本に来てからハートの部分を金に染めた。
「私が心臓の病気を乗り越えたことを少しでも多くの人に知ってもらえたらいいなと思ったんです」
心臓の病気から復活を遂げたサウロ。
自らが経験したからこそ、どんな困難があっても夢をあきらめないでほしいというメッセージを発信している。
「私と同じように心臓に問題を抱えている子どもたちに夢を与えられるような、勇気を与えられるような存在になりたいと思っています」
横浜FCでは、7月30日のいわてグルージャ盛岡戦で「健康ハートの日2022」コラボイベントを開催する。
そのメインビジュアルに起用されているのは、ゴールを決めた後にガッツポーズをしているサウロだ。
右手で拳を握り、左手は頭のハートマークを指差している。
誰よりも力強く走り回り、ゴールに向かっていくサウロのプレーは、多くの人に夢や勇気を与えるのは間違いない。
昨シーズンの途中に横浜FCに加入したミネイロは、今シーズンで在籍2年目となる。
「昨季は、横浜FCを降格圏内から何とか脱出させてJ1に残留させるというのが目標だったのですが、残念ながら達成することができませんでした」
今季は舞台をJ2に移し、1年でJ1に復帰することが最大の目標だ。
J1昇格を達成するためには、ストライカーであるサウロのゴールは必要不可欠になる。
「第1の目標は自分がチームの助けになること、第2の目標はゴールを決めることなので、もっと多くのゴールを決めてチームの役に立てれば一番いいと思っています」
プロになった今も自身を進化させて、今以上に成長していくために取り組んでいることがあるという。
3年くらい前から技術的、フィジカル的なところをサポートするスタッフと個人的に契約している。
“チーム・サウロ”の協力を得ながら、自分の課題と向き合っている。
「スタッフたちの助言を聞きながら取り組んでいます。自分自身を高めていかなければ、競争力の高いこの世界で生きていくことはできません」
チームとして進んでいる道は間違っていないとサウロは言う。
J1昇格という目標に向かって、自分たちの道を一歩ずつ進んでいく。
「みんなでいいチームを作って、1つになって昇格を目指していきたい」
心臓の病気から復活を果たし、日本でプレーするという夢を叶えた。
同じ病気を持つ子どもたちの目標となるために、これからも全力のプレーを見せ続ける。
“奇跡の心臓”を持つ男は、止まらない。
ブラジル出身。1997年6月17日生まれ。(25歳)身長184cm。体重85kg。J通算25試合6得点(2022/07/22時点)。2021年・夏、ブラジルのセアラ―SCから横浜FCへと加入。一瞬で相手を置き去りにする爆発的なスピードと相手のボディコンタクトをものともしない強靭なフィジカルを武器にゴールを陥れるストライカー。ゴールパフォーマンスやハートがトレードマークのヘアスタイルなど愛くるしいキャラクターでプレースタイル同様に多くのファン・サポーターの心を掴んで離さない。プロフィールページはこちら。