取材・文=北健一郎、渡邉知晃
173cm、70kg。
ディフェンダーとしては決して大柄とは言えない。
ただ、ピッチの中で22番はずっと大きく見える。
岩武克弥――。
2021シーズン、浦和レッズから完全移籍加入し、今シーズンからは副キャプテンも務めている。
ディフェンスリーダーとして、ムードメーカーとして、チームを牽引する男が胸に秘める想いとは。
1対1に無類の強さを誇るディフェンダー、岩武克弥のルーツはどこにあるのか。
大分県大分市出身。
小学生になると地元の強豪チームであるカティオーラFCに加入。本人は「普通の選手だった」と謙遜するが、3年生の時から6年生の試合に出場するようになった。
幼い頃から体格差がある相手とプレーするのが当たり前だった。
それがプロになった今に生きているという。
「体格差の中で戦うにはどうすればいいのか、ずる賢さも含めて、その頃から自然と考えていたのかなと思います」
中学生時代はそのままカティオーラFCジュニアユースに入り、高校からは地元のJリーグクラブである大分トリニータのU-18チームへ加入する。
「大分中のうまい選手たちがたくさんいて、県外組も加わっていたので、レベルは高かったです」
高校3年時に岩武はトップチームの練習に参加するようになる。
2種登録選手として、J2リーグで10試合に出場して、プロのレベルを肌で感じた。
高校を卒業してそのままプロになることもできた。
ただ、岩武は大学進学という道を選ぶ。
「明治大学の話を聞いた時に、自分に足りないものが補えるかなと思ったんです」
プロサッカー選手・岩武の最大の武器は対人の強さだ。
そして、それは大学の4年間で培ったものだったという。
「明治は1対1を大事にしていたので、相手との距離感や、どうやったら相手からボールを奪い切れるかは、練習からこだわってやりました」
明治大学の2つ歳上で岩武と同じ右サイドバックには、「あの世代では別格の選手だった」という室屋成(ハノーファー96)がいた。
大分トリニータユース時代も1年生から試合に出ていて、2種登録された際もトップチームでの出番を勝ちとっていた。
だが、明治大学では室屋がいたことで、サッカー人生で初めて試合に出られないという経験をした。
しかし、 “大きすぎる壁”が同じチームにいたことで、プラスになったことも多かった。
「成くんはオリンピック代表にも入っていたので、プロになるためのひとつの指標にもなりました」
学年がひとつ上がり、室屋が明治大学サッカー部を退部してFC東京へ加入することになった。
地道に積み重ねてきた岩武にチャンスが巡ってくる。
当時の写真:本人提供
右サイドバックのレギュラーになると、大学3年時にユニバーシアード代表として優勝に貢献。
4年生からはキャプテンに就任した。
「明治のおかげで自分が伸びたという感覚があります」
当時の写真:本人提供
在学中に、J1・浦和レッズのキャンプに参加し、加入が内定。
同年に、特別指定選手として登録された。
「日本一を狙えるチーム、トップレベルのチームに行きたいという思いがありました」
だが、浦和加入後1年目はリーグ戦3試合、2年目は11試合の出場と自身が満足のいく出場機会は得られなかった。
「もう一度環境を変えて、0からやりたい」
プロ3年目となる2020年、岩武は横浜FCへの完全移籍を決断した。
2年目から岩武はチームの副キャプテンを務めている。
「うれしいですけど、なぜ僕が」というのが本音だったという。
なぜなら横浜FCでの1年目は本人にとって満足のいくものではなかったからだ。
2021シーズン、最終的には18試合に出場したものの、序盤戦は試合に出られないことも多かった。
確固たる立ち位置を確立できていたとは思えていなかった。
それでも、岩武は副キャプテンという役割、立ち位置をまっとうしようとしている。
「キャプテンの竜也(長谷川竜也)くんを支えたいという気持ちが一番強いです。チームが困った時、竜也くんが大変そうな時は力になりたい」
キャプテンの長谷川とは、積極的にコミュニケーションをとっている。
「竜也くんはチームのことを常に考えてくれている。なにか聞かれた時は自分の意見を伝えていますし、まだリーグも3分の1が終わったところなので考えすぎないようにしましょうという話はしています」
引き分けが続いた第13節のザスパクサツ群馬戦の前には長谷川とも話して選手主体のミーティングを行った。
「守備の細かいディティールや、点をとられた後やとった後のゲーム運びについてみんなのベクトルを揃えたほうがよいなと感じたので」
経験も豊富な長谷川がチーム全体をまとめて、岩武がムードメーカーとしてチームの雰囲気をつくる。
そんな補完関係ができている。
「僕自身はどんな時もチームをポジティブな方向に持っていけたらなと思っています」
アタッカーの長谷川が交代した際には「頼むよ。あとはよろしく」と言ってキャプテンマークを託されるという。
「キャプテンマークの重みは……やっぱりあります。いつもよりは振る舞いや声の出し方が変わります(笑)」
試合前のハイタッチ時に手荒い!?送り出しをチームメイトから受ける岩武。愛されキャラが伝わってくる。
ここまで好調をキープしていた横浜FCだったが、第14節で初黒星を喫すると、第15節も落として2連敗。
序盤戦の快進撃によって他チームからの警戒が強まり、対策もされる中で、勝つことが今まで以上に難しくなってきた。
ここからJ1昇格には何が必要なのか。
「意思疎通をもっと深めていくこと。失点しても取り返せるだろう、1点を先にとったら守りきれるだろうというメンタル、勝ち癖を取り戻していきたいです」
横浜FC加入1年目にチームをJ2降格させてしまったことには責任を感じている。
「J1昇格という結果でチームに恩返しをしたいですし、チームメイトやファン・サポーターも温かい人が多いので、そういう人たちを笑顔にできるようにしたいと思っています」
日本サッカー界のレジェンドであり、現在は横浜FCから鈴鹿ポイントゲッターズへ期限付き移籍中の“カズ”こと三浦知良。
カズと同じチームで過ごした1年間は岩武にとって貴重なものだったという。
「僕の父親と同い年なので、改めてすごさを感じました。本当に超一流の選手がやっているケアやトレーニングを見ることができましたし、メンタル面でもすごく勉強になりました」
昨シーズン、出場機会に恵まれず、苦しい時間を過ごしていた時に岩武を奮い立たせたのがカズだった。
「何歳になっても、常に自分が試合で活躍する姿を想像しながら練習に取り組んでいる。カズさんの考え方というのが今後にも絶対に生きてきますし、ひとつ上の世界が見られるようになったと思います」
ひとつ上の世界が見られるようになった岩武には新たな目標がある。
「横浜FCといえば岩武克弥」と言われるようになっていきたい――。
「カズさんのようにというのはおこがましいですが、みんなから愛される選手になりたい。そして、子どもたちに夢を与えられる存在になりたいです」
自分たちのプレーでお客さんを呼んで、ニッパツ三ツ沢球技場を満員にする。
それはJ1昇格と並ぶ、大事な目標でもある。
「僕たちが優勝争いをしていれば、試合を見に行ってみようかなという人が増えるはず。お客さんを呼ぶためにも魅力あるサッカーをしながら、勝ち続けていきたい」
明るく、楽しく、力強く。
岩武は自分らしく、まっすぐに突き進んでいく。
大分県出身。1996年6月4日生(25歳)。身長173cm、体重70kg。Jリーグ通算60試合出場(2022/5/15時点)。 カティオーラFCジュニアからカティオーラFCジュニアユースを経て、高校時代は大分トリニータU-18へ。明治大学に進学後、同校の体育会サッカー部に入部。大学3年次の2017年にユニバーシアード日本代表に選出され、第29回ユニバーシアード台北大会に出場し、大会優勝に貢献。4年次にはサッカー部のキャプテンを務めた。浦和レッズへ加入内定後は特別指定選手としてプレー。2021シーズンに横浜FCへ完全移籍加入。2022シーズン、チームの副キャプテンを務める。豊富な運動量、絶対的な対人の強さに加え、高いビルドアップ能力で横浜FCの守備陣を牽引する。明るく前向きなキャラクターでチームメイトからも愛される存在。プロフィールページはこちら。