不妊治療とプロスポーツクラブ。縁遠くみえる両者には、「人に感動を届ける」という大きな共通点があります。
不妊治療は赤ちゃんを授かった瞬間に、プロスポーツクラブは試合を通じたパフォーマンスにおいて、多くの人に感動を届けてきました。
とりわけ「人に感動を届けたい」という思いが強いのが、山下湘南夢クリニック(神奈川県藤沢市)の山下直樹(やました・なおき)院長です。
2022年3月17日、同クリニックは横浜FCおよびニッパツ横浜FCシーガルズとオフィシャルパートナー契約を締結しました。この契約を結んだ理由、そして不妊治療の最前線について、山下院長はどのような思いを持っておられるのでしょうか。
――今回、どういうきっかけで山下湘南夢クリニック様とご縁をもたれたのでしょうか?
木村 もともとは、弊社の営業担当からアプローチさせていただきました。
弊社は神奈川県のJクラブで唯一女子サッカーチーム(ニッパツ横浜FCシーガルズ)を持っており、チームを応援いただける方を探していました。シーガルズをサポートしていただくことで、女性が活躍できる環境づくりの推進に協賛いただいた形です。
今回の対談は、「横浜FCを通じてお手伝いできることはないですか」とお話させていただく中で実現した経緯がございます。
山下院長 お話をいただいたときは、出会いを大切にしたいと感じましたね。
スポーツに限らず、一生懸命やってもうまくいかないことはよくある。それでも、努力をしなければ結果がついてこない。これは、不妊治療にも当てはまります。それならぜひ応援したい、と考えてお話を進めさせていただきました。
とはいえ毎日忙しく、サッカーは国際試合くらいしか見られない状況です。それでも、ご縁はお互い育てていくもの。これから、良い関係を築いていけたらと思います。
――様々なインタビューを拝見し、山下先生は「人に感動してほしい」という思いが強い方という印象を受けました。こうした気持ちを持ったきっかけは、どのようなものがありますか?
山下院長 日常生活の中でうれし涙を流す経験って、なかなかないと思うんですね。非常に素晴らしい体験だと思いますし、これは医療でもスポーツでも同じです。
そんな場面に立ち会える職種は、限られていると思います。医師になったのも、専門に不妊治療を選んだのも、そうした思いが原点になっています。
――不妊治療を専門にされた理由でもあるんですね。
山下院長 そうです。産科では、「元気に生まれてきて当たり前」という考え方が一般的です。問題があったら「どういうことなんだ!」となる世界というか。
不妊治療は赤ちゃんを授かる夢がなかなか叶わず、追い込まれて先が見えなくなっている方も多いです。苦労が大きければ大きいほど、夢が叶った時、自然とうれし涙があふれてくるのだと思います。
戦って戦って、大変な思いをされたからこそうれし涙を流すわけです。そうした光景に立ち会えることは、医師冥利に尽きると思います。
――木村社長も、「スポーツを通じて感動を届けたい」という思いが就任の経緯にあったと伺っています。
木村 私もずっとサッカーをやってきまして、「横浜FCで働きたい」という思いを持ってONODERA GROUPに入社した経緯がございます。
2022年1月1日付で代表取締役社長 COOに着任し、改めてサッカーとは「喜びや感動を届けられる素晴らしい仕事だ」と感じているところです。他ではなかなか経験できない仕事だと思います。
――スタッフの方から、山下先生は「すごくスタッフ思いの方だ」と伺いました。お話を伺っても、人柄が伝わってきます。
山下院長 スタッフのためもそうですが、自分のためにやっているんですよ(笑)。スタッフひとりひとりにウチに勤めてよかった、と思ってもらえたらうれしいですね。人生の短い期間であっても、良い出会いであったと思ってもらえたらいいですね。
ウチは待合室に予算をかけて整えていますが、実は職員のスタッフルームにもコストをかけているんです。
まずは良いクリニックである前に、居心地が良い職場にしたくて。そのためには給与が高いほうがいいし、勤務時間は短いほうがいいし、やりがいがある仕事ならなおいい。
この3つがそろっていれば、「いい出会いだった」と感じてもらえるのではないか。そう考え、いろいろアイデアを練っているんです。
ソファやクッションも、座り心地が良いものを使用しています。椅子を小さくして個数を増やしてもいいんでしょうが、それよりも快適に過ごしてもらいたいと思って。
2階の待合室も、ぜひ見ていってください。なかなか力を入れていますので。
――木村社長も強くうなづいておられますね。
木村 私も、人とのつながりは大切にしているほうだと思います。社長になる前はベトナムのハノイに3年間駐在しておりまして、そこでもすごく出会いを大切にしていました。
向こうにいると、日本人と会う機会はあまりありません。だからこそ、最初の出会いは大切です。初対面を良い体験にすることで、次に繋がる。その結果として、パートナーになっていただいたお客様もいらっしゃいます。
スタッフに対しても、同じ思いがあります。立場上厳しく伝えることもありますが、厳しすぎると壁を作ってしまう。そのバランスは、大事にしています。
スポーツクラブは選手もいれば監督もいて、事業サイドの営業担当もいる。やっていることはバラバラですが、皆が同じ目線でいられる目標設定は常に意識していますね。
山下院長 私も同感です。スタッフにどんどん育ってほしいという思いがあり、そのためには機会を与えるからチャンスをつかんでほしいと思います。
2022年7月にミラノでヨーロッパ生殖医学会が行なわれるのですが、YSYCから2名がその学会で研究発表します。
発表したい人には、できる限りの支援をしたいと思っています。世界の学者が集まる学会で発表する経験は、そう簡単には積めませんから。
――山下湘南夢クリニック様には、年間どのくらいの患者様が来院されるのでしょうか。
山下院長 年間2,000~2,500件ほどの採卵を行なっています。国内で体外受精を行なう施設は600施設あって、その中では20番目ぐらいだと思います。
患者様の平均年齢は約40歳です。女性が結婚する平均年齢が30歳を越え、数年後から妊活を始め、一般病院に行って治療を行なってもうまくいかない、という形で来院される方が多いです。
来院される方は、ほとんどが女性です。弊院は精巣手術もやっており、ご主人で精子がいないという方も来院されます。
――来院される方は、年々増加傾向にあるのでしょうか?
山下院長 増えてはいないですね。残念なことに、日本の人口は毎年50万人以上減っています。当然、生殖年齢の女性の数も減ってきています。患者さんになる人口の母数が減っているため、頭打ちになっているんですね。これは、深刻な状況だと思います。
木村 今年4月から不妊治療が保険適用となり、3割負担で治療を行なえるようになりました。劇的なことだと思いますが、診療現場に変化はありましたか?
山下院長 20代で初診される方が増えましたね。以前は37、8歳の初診が多かったので、コスト面がある程度解決された影響はあると思います。
不妊治療は早めに始めたほうがいいという情報は、世の中にたくさん出ています。情報を持っていた層が、「コストが下がったから」と考えて早めに来院されたのかなと思います。
――来院される方のほとんどは、女性と伺いました。男性の不妊治療に対する理解度は、どの程度だという印象を持っておられますか?
山下院長 男性の方はやはりプライドもあり、「自分のせいじゃない」と思いたい方が多いかもしれません。来院するまで奥様が肩身の狭い思いをしていたのが、原因がご主人だとわかったら立場が逆転されるケースもあります。
ただ、本来は男女どちらかの責任という問題ではないと思うのです。赤ちゃんは、ペアで育むもの。「あなたのせい」ではなく、「一緒に頑張る」という考えを持ってほしいと思います。
話はそれるようですが、以前私は日本赤十字社の国際医療協力事業で、内戦が終わったばかりのカンボジアで勤務していたことがあります。
電気も来ない、満足な医療器具も不足する中で、お産の指導を行なっていたんです。今思えば、非常にいい経験だったと思います。
日本はなんでも「あって当たり前」です。向こうに行けば、「なくて当たり前」。懐中電灯で照らしながらお産の出血を止めるとか、過酷な環境をたくさん経験しました。
自分自身で何でも工夫しなくてはいけない環境で、皆知恵を絞って一生懸命生きていました。そういう環境にいると「座っていれば何でもやってもらえる」的な、贅沢な考え方がなくなっていったんですよね。
木村 同感ですね。日本はいろいろそろっている国ですが、ベトナムのほうが人の温かみを感じました。お金はないけど、幸せそうな暮らしをしている。向こうに住んで、価値観が大きく変わった部分があります。
山下院長 残念ながら、不妊治療はクリニックに来た皆さん全員が成功するわけではありません。成績の良いところでも、半分行くか行かないぐらいが現実です。50パーセントの方は、頑張ったにも関わらず思いが届かないといったこともあります。
大事なのは、そのときどう考えるか。「努力はすべてムダだった」となるか、「これを糧に、次のステップへ向かおう」と考えるか。
治療が実を結ばなかった患者様から、それでも感謝のお手紙をいただくことがあります。頭が下がるとともに、「すごいな、素晴らしい人だな」と感動するような内容です。
努力して努力して、それでもうまくいかない時、どう人生の糧にしていくか。これは、大きなテーマだと思います。
木村 50パーセントがうまくいかないのですね。シビアな現実だと思いました。そうすると、患者様のメンタルケアも非常に重要になってきますね。
山下院長 今はカウンセリングなどのシステムが充実しており、ケアの体制は整いつつあると思います。
ただ、私個人としてはカウンセリング以前の心構えが大事だと思います。問題に直面したとき「自分で解決する」という心構えを持ち、自分に合った解決策を見つけていく。そうでないと、カウンセリングもうまく機能しないと思います。
もっとも、患者様とお話していると、煮詰まって行き場がわからなくなっている方もおられます。そういう方には、時間をかけてお話をじっくり聞くことも大切でしょう。
――オフィシャルパートナー契約を通じ、どのような夢を実現していきたいと考えておられますか?
山下院長 私は、「自分の夢を叶えるために一歩ずつ頑張っている時間」が人生だと思っています。そして、ささやかでも夢を叶えることができたら、きっと満足できる人生になると思うのです。
そういう意味で、プロスポーツクラブのユニフォームに自分のクリニックのロゴが入る、というのは、私にとって一つの「夢の実現」だと思います。
スタッフも、自分が勤めているクリニックのイニシャルが入っているわけですから、誇らしく感じてくれると考えています。
木村 今回、ご縁をいただいて山下湘南夢クリニック様とご契約の運びとなりました。私としては、同じ夢を一緒に見ていただきたい気持ちがあります。
横浜FCは、現在J2リーグでプレーしています。しかし「5年以内にJ1で優勝するビッグクラブになる」という目標を掲げてもいます。シーガルズもなでしこリーグ1部の優勝と女子サッカーの普及に貢献するために活動しています。
この夢を、一緒に追いかけていただければとても嬉しく思います。どうやって実現するかといえば、もちろんチームとして良いプレーをすることがあり、それ以外にもお客様に対し可能なサポートを全力で行なうことだと思います。
お客様の夢にご協力するアクションを通じ、「横浜FCを応援してよかった」「スポンサードしてよかった」と思っていただく。それに尽きるなと考えています。
――本日はお忙しい中、ありがとうございました。