2/26(木) 横浜市立川島小学校
横浜市立川島小学校にて、ジョアンパウロ選手による「夢で逢えたら」の授業を実施しました。
言語の壁はありましたが、児童一人ひとりの言葉を真摯に受け止め、熱心にアドバイスやメッセージを送る姿がとても印象的でした。
ジョアンパウロ選手


ジョアンパウロ選手のサッカー人生は、使命感ではなく「純粋な楽しさ」から始まりました。幼い頃はバスケットボールなど様々な遊びに熱中していましたが、体格的な壁やプロ選手だった父の影響、そしてブラジルの情熱的な環境に導かれ、自然とサッカーに興味を持ち始め、放課後の広場で仲間とボールを蹴っていたそうです。
転機は13歳の時、名門サンパウロFCからスカウトを受けたことでした。両親の間に挟まって眠るほど甘えん坊だったジョアンパウロ選手にとって、親元を離れての寮生活は身を切るほど辛い決断でしたが、「好きなことを仕事にするチャンスを逃したくない」という一心で、自分の人生に責任を持つ決意を固めました。その後、約300人の仲間と切磋琢磨した8年間の寮生活を通して、選手としてだけでなく人間性も大きく成長したジョアンパウロ選手は、19歳でプロ契約。超満員のスタジアムに立った瞬間の震えるような感動と感謝が、今も胸に深く刻まれていると語ってくれました。
児童の皆さんに伝えていたのは、「夢を焦って決めないでほしい」ということ。
ジョアンパウロ選手は、「まずはこの年齢、この瞬間を存分に楽しんでください。急いで夢を決める必要はないですし、皆さんはまだ若いので、失敗しても大丈夫です。これから先、自分たちがやりたいこと、あるいは自分に合った仕事や夢がそれぞれに見つかれば、僕自身もすごく嬉しいです。」とメッセージを送りました。
児童の質問や感想(一部抜粋)
Q )サッカー選手を辞めたいと思ったことはありますか?
A )辞めたいと思ったことは何度もあります。でも、やりきることを大切にしていたので、昨日の自分に負けないために頑張ろうと思いながら毎日を過ごしていました。
Q)サッカー選手になって良かったことは何ですか?
A)自分の好きなことでごはんが食べれること、自分の好きなことを仕事にできたことです。
・自分はバスケットボールをしているのですが、バスケットボール選手になるために活かせることをジョアンパウロ選手の話の中からたくさん見つけることができたし、同じスポーツとして共感できる部分もありました。また、サッカーに少し興味が湧きました。
「夢で逢えたら」とは
「夢で逢えたら」とは、三浦知良選手(福島ユナイテッドに期限付き移籍中)がヴィッセル神戸在籍時の2003年2月にスタートし、横浜FCでは2006年から実施しています。現在は選手たちが継承して横浜FCホームタウンプロジェクトとして、児童との対話を通じ夢を持ち続けることの大切さを伝えることを目的として、小学校の授業の時間をお借りして選手自身が子どもたちに向け授業を実施する取り組みです。
「夢で逢えたら」は「児童たちが自分の夢を言葉にすることで自信をもってもらうこと」「プロとして活躍する選手たちとの出会いを通して、夢に向かって努力することの大切さを伝える」。そして、選手自身もオフザピッチの場所でテーマに沿って話をしたり、人に伝えることで「自己のスキルアップ」としてもらい、その先のスポーツの普及へ繋げるなどをねらいとしています。
◆協賛:
株式会社ランド
株式会社ジャストオートリーシング
エヌ・ケイ・テクノ株式会社
宝製菓株式会社



